イーコラム_地球と生物の不思議

「ベーリング陸橋」

ユーラシアと北米を繋いだ幻の陸橋・・・  
イーコラム_地球と生物の不思議ベーリング陸橋


1.ベーリング陸橋とは?


現在のシベリア(ロシア)とアラスカ(アメリカ)はベーリング海峡によって隔てられていますが、深さ30〜50メートル、幅100キロ未満ということで、それほど深くもないし、広くもありません。
それで、ヴュルム氷期(注1)には海退(注2)によって、ベーリング海峡の海底部よりも海水面の方が低くなってしまう時期があり、ベーリング海峡は陸地化します。

その結果、ユーラシア大陸と北アメリカ大陸は陸続きとなり、まるで両大陸をつなぐ橋のようだということから、「ベーリング陸橋(注3)」と呼ばれますが、橋・・・という言葉から連想されるような細長い陸地であった時期は、海底部の出現時や水没時の前後に限られるようです。
海退のピーク時には、現在の海水面よりも100〜140メートルほども低かったと考えられることから、ベーリング陸橋の幅(南北方向)も1400キロ〜1600キロにも達する広大な平原であっただろうと推測されています。

また、元々は海底部・・・ということや、時代背景がヴュルム氷期ということから、磯の岩礁のように殺風景で暗いものをイメージされがちですが、実際には左図のような「冷涼ステップ(注4)」と呼ばれる明るい緑の草原が広がっていたと考えられています。
Beringia.image 撮影者: 「Flickr: jenny66's Photostream」様


冷涼ステップは「マンモス・ステップ」とも呼ばれ、ヨモギ類やイネ科などの植物が豊富に生育していたことから、マンモスやトナカイなどの草食動物からヒグマやオオカミなどの雑食性、肉食性の動物までが生息する広大な動物群を形成していました。
また、それらの動物(特にマンモス)を追って、シベリアからアジア人(モンゴロド)もベーリング陸橋に入って来ました。後に、彼らはアメリカ大陸に進出して、アメリカ先住民の祖先になったと考えられています。



2.ベーリング陸橋の存在時期


「1.ベーリング陸橋とは?」でも触れていますが、ベーリング陸橋が存在した時期というのは、ベーリング海峡の海底部よりも海水面の方が低くなってしまう時期ということになるので、ヴュルム氷期には常に存在したということではないようです。
海退や海進(注2)は地球の気温と密接な関係にあり、寒冷期には海退が起こり、温暖期には海進が起こります。

海水の水蒸気は雨や雪となって陸地に降りますが、やがては川などをつたって海に戻るので、海水量はほぼ一定します。
ところが、寒冷期には陸地に降った雪は氷河や氷床を形成するので、海に戻る水量が少なくなり、海水量は減ります(海退)。
ヴュルム氷期には巨大な氷床(ローレンタイド氷床やコルディエラ氷床など)が形成されていたので、海に戻る水量が極端に少なくなった結果、現在の海水面よりも100〜140メートルほども低くなったと推測されます。

逆に、温暖期には陸地の氷河や氷床が溶けて、海に戻る水量が多くなるので、海水量は増えます(海進)。
地球温暖化が問題になっている現在でいうと、「この100年間では平均気温は0.74度上昇し、海水面は17センチ上昇した」と報告されています(IPCC第4次報告書、2007年)。

それで、氷期の中にも温暖な時期(亜間氷期)と寒冷な時期(亜氷期)があり、ヴュルム氷期の中にも温暖なベーリング期やアレレード期、寒冷なオルダードリアス期やヤンガードリアス期があったということで、海退によってベーリング陸橋が出現したり、海進によって水没したりということになるようです。
* 亜間氷期や亜氷期については、当サイト「地球温暖化と氷河期」の中でも書いています。



ベーリング陸橋が存在した期間については諸説ありますが、2万5000年前〜1万年前ぐらいで書かれることが多いように思います。
その理由を、現在の主流であるアフリカ単一起源説に求めてみると・・・

約6万年前に出アフリカをはたした現生人類の祖先(ホモ・サピエンス)は、3万年前ごろにはアジア〜シベリアに進出し、ベーリング陸橋の西詰ともいえるシベリア東端部には1万5000年前ごろに到達したと考えられているので、人類が通行可能なベーリング陸橋は2万5000年前〜1万年前という期間だけだったということから、クローズアップされるのではないかと推測します。



3.北アメリカ大陸への人類の進出時期


前述のように、ベーリング陸橋の西詰ともいえるシベリア東端部には1万5000年前ごろに到達したと考えられているので、1万5000年前〜1万4000年前ごろには、ベーリング陸橋の東詰ともいえるアラスカ州に渡ったと推測できますが・・・
下記のような理由から、1000年〜2000年間ぐらいは、アラスカ州付近で停滞していたと考えられるようです。

下図の黄色い塗りつぶしはベーリング陸橋を示します。
Lはローレンタイド氷床(Laurentide)、Cはコルディエラ氷床(Cordillera)を示し、別々の氷床になっていますが、2万1000年前〜1万4000年前の期間には一体となり、北アメリカ大陸の北部を覆うほどに拡大していたと推測されることから、この期間内での内陸部への進出も不可能だったと考えられるようです。

その後、気温の上昇とともに氷床は縮小し、1万3000年前ごろには左図のように2つに分かれ、「無氷回廊」と呼ばれる氷に覆われない領域が出現したことから、通行可能になったと推測されています。
アバウトなベーリング陸橋 元地図:「白地図、世界地図、日本地図などの地図が無料」様
加工:イーコラム_地球と生物の不思議


そこで、シベリアからベーリング陸橋を渡って来たものの、アラスカ州付近で停滞していたアジア人達は、赤い矢印のようなルートで1万3000年前ごろに北アメリカ大陸内陸部に進出し、1万2000年前〜1万1000年前ぐらいには南アメリカ大陸にも到達して、アメリカ先住民の祖先になったと考えられていますが・・・

チリ(南アメリカ大陸)のモンテ・ヴェルデ遺跡の年代が、1万4000年前ごろだと推定されることなどから疑問を投じる声もあり、青い矢印のように、氷床を回避した北太平洋岸ルートを提案する研究者もいます。
この場合にはアラスカ州付近で停滞することもなく、すんなりと南下できたと考えられるそうで、1万4000年前ぐらい前に南アメリカ大陸に到達することも可能だったとしています。

あるいは、ベーリング陸橋を渡らずに、舟に乗って北太平洋沿岸を南下したとする見解や、南太平洋を舟で渡って南アメリカ大陸に直接上陸したとする見解などもありますが・・・
「アメリカ大陸初の人類であり、アメリカ先住民の祖先であるのは、シベリアからベーリング陸橋を渡って来たアジア人である」ということが、定説であることには変わりないようです。



4.野生動物達のベーリング陸橋


上記では、ベーリング陸橋の存在期間を2万5000年前〜1万年前として書いていますが、この期間を2万5000年前〜1万5000年前および1万2000年前〜1万年前の2回に分ける見解もあります。
他では、「5万年前〜3万5000年前および2万5000年前〜1万年前の2回」や「7万年前〜3万年前および2万5000年前〜1万年前の2回」とする見解などもあり、混沌としていますが、ヴュルム氷期内では数回の出現と水没を繰り返したと考えることが大勢のようです。

「では、ベーリング陸橋はヴュルム氷期だけに存在したのか?」というと、そうではないようです。
過去200万年間では6回の氷期があり、ヴュルム氷期は最後(6回目)の氷期となるので、他の氷期でもベーリング陸橋が出現していた期間があったと考えられます。
ただ、その場合には「ベーリング陸橋」という表現よりも、「当時のシベリアとアラスカは陸続きであった」とか「通行可能であった」などと表現されることの方が多いようです。

つまり、ベーリング陸橋・・・というと、現生人類との係わりがもたれるヴュルム氷期での現象のみを示すことが一般的であるようですが、まぎらわしいので、このページでは他の氷期での現象についても、ベーリング陸橋という表現に統一しておきます。


先に、過去200万年間の氷期を年代順に書くと、下記のようになります。
ビーバー氷期(195万年前〜160万年前)、ドナウ氷期(135万年前〜85万年前)、ギュンツ氷期(80万年前〜42万3000年前)、ミンデル氷期(30万3000年前〜24万5000年前)、リス氷期(18万6000年前〜12万8000年前)、ヴュルム氷期(7万1000年前〜1万3000年前)。
地質と土木をつなぐ > till(氷成堆積物)」様より抜粋


それで、各氷期に関連して、ベーリング陸橋が出現していた期間があったのだろう・・・と推測できますが、その証人となるのが、ベーリング陸橋を渡って、ユーラシア大陸と北アメリカ大陸間を往来した野生動物達になります。
例えば、下記のようなニュースがありました・・・。

「マンモスはアメリカから引き返していた?」(中略)
ケナガマンモス160頭の骨などから採取したDNAを新たに分析したところ、この動物が何十万年という長い間に、ユーラシア大陸とアラスカ地方を何度か行き来していたという結果が得られた。(中略)

「これらに対して放射性炭素年代測定法を実施したところ、ケナガマンモスが最初にシベリアからベーリング海峡を渡って移動したのは、70万年前だったと結論付けられた」と前出のデブルイネ氏は語る。当時はいまよりも寒く、海水位も低かったため、シベリアとアラスカはベーリング海北部で陸続きとなっており、そこを通って移動できたと考えられる。(中略)

「ケナガマンモスはその後、数十万年にわたって北アメリカで独自の進化を遂げ、シベリアのマンモスとは異なる遺伝子マーカーを発達させていった。そして、約30万年前に新たにシベリア方向へと戻る移動があり、元からシベリアにいたマンモスたちが約4万年前に絶滅した後は、北アメリカから戻ってきた群れが3万年ほどシベリアを支配していた」と同研究はまとめている。(中略)
マンモスはアメリカから引き返していた? - ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト」様より引用


上記のニュースによると、ケナガマンモスは約70万年前にシベリアからアラスカへ移動したと考えられるということなので、「ギュンツ氷期の頃かな?」と思いを馳せたりします。
逆に、30万年前にはアラスカからシベリアへ移動したと考えられるということなので、「ミンデル氷期の頃かな?」と思ったりします。
ステップマンモス(トロゴンテリゾウ) 画像:当サイト「古代ゾウ
約60万年前〜30万年前のヨーロッパに生息。ケナガマンモスの直接の祖先だと考えられている。


他ではヒグマ、バイソン、ライオン、オオカミ、ヘラジカなどがベーリング陸橋を渡って、シベリアからアラスカへと移動したようです。
逆に、ラクダは北アメリカが起源であり、ベーリング陸峡を渡って、ユーラシア〜アフリカに進出したようです。
また、パナマ地峡を渡って、南アメリカへ進出したグループが、現生種であるアルパカやラマ(リャマ)の祖先となりますが、北アメリカのラクダは絶滅しています。
* パナマ地峡については、当サイト「パナマ地峡」の中でも書いています。



注1「ヴュルム氷期」
約7万年前〜1万年前。「ウィスコンシン氷期」とも呼ばれる。
注2「海退」「海進」
海水面が下降することによって、海岸線が海側へ退く現象を「海退」という。その結果、陸地部分が広がる。
その反対が「海進」で、海水面が上昇することによって、海岸線が陸地側へ進む現象。その結果、陸地部分は狭まる。
注3「ベーリング陸橋」
「ベーリング地峡」や「ベーリンジア」とも呼ばれる。。
注4「冷涼ステップ」
現在のシベリアにみられるツンドラが湿地性の草原であることに対して、冷涼ステップは乾燥性の草原となるが、湿地性の草原も混在していた。


参考サイト:「マンモスの時代」様
参考サイト:「RYOのフォルクローレと山と歴史別館先住民たちの歩いた道」様
参考サイト:「ナショナルジオグラフィック特集:北米の先史遺跡を発掘 2005年10月号」様
参考サイト:「GLN(GREEN & LUCKY NET)からこんにちは高山植物の生い立ちと分布」様
参考サイト:「アメリカ大陸への人類の移住 - 地図 - MSN エンカルタ 百科事典 ダイジェスト」様
参考サイト:「Science 2008年5月9日号ハイライト」様
参考資料:「地球温暖化(株式会社ニュートンプレス)」様

2008/12/12 NEW (イーコラム)


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