「ギガントピテクス」
絶滅した体長3mの巨猿「ギガントピテクス」について! |
分類:霊長目オランウータン亜科ギガントピテクス属
体長:約3m 体重:500kg前後
生息年代:約630万年前〜10万年前(一説では40万年前に絶滅したとされる)
分布:化石は中国南部〜南西部、及びベトナムから出土
霊長目の最大種と呼ばれるのが「ギガントピテクス(Gigantopithecus blacki ギガントピテクス・ブラッキ)」だ。
体長3mという数字はアジアゾウの肩高3mと同レベルの巨大さであり、外見的にはゴリラを2〜3倍大きくしたようなイメージだとされる。
ちなみに、ゴリラ属はマウンテンゴリラ、ヒガシローランドゴリラ、ニシローランドゴリラの3種が知られているが、日本の動物園にいるゴリラは全てニシローランドゴリラ(体長120cm前後、体重140〜160kg)となる。
ギガントピテクスは竹を主食にしていたと考えられており、「同じく竹を主食とするジャイアントパンダとの生存競争に敗れた事が絶滅の原因ではないか?」とされる。
確かに、現在では四川省や陝西省、甘粛省などの一部地域にのみ分布するジャイアント・パンダではあるが、その化石は中国東部〜南部、ベトナム、ミャンマーからも出土しているので、「ギガントピテクスとジャイアント・パンダの分布域はアバウトに一致する」といってもいいだろう。
しかしながら、次のようなニュースも伝えられている・・・。
中国南部、広西チワン族自治区の洞穴から、ジャイアントパンダと同属で最も古い種の約200万年前と推定される頭骨化石が、19日までに発見された。(中略)
ジャイアントパンダ類はこのころから竹を主食にしていたと考えられるという。(中略)
頭骨の容量は208CCで、現在のジャイアントパンダ(メラノレウカ種)の3分の2しかないが、竹をかみ砕くのに必要な鋭い歯があり、あごの筋肉も頑丈だったと推定される。
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実は、ジャイアントパンダ類の化石が発見された広西チワン族自治区は、ギガントピテクスの化石の多くが発見される地域でもある。
また、上記のニュースを見る限りでは、少なくとも約200万年前からギガントピテクスとジャイアントパンダ類は生存競争を続けていたとも推測できるが、ギガントピテクスが絶滅したのは約40万年前〜10万年前であるとされており、ジャイアントパンダ類との生存競争に敗れた事だけがギガントピテクスの絶滅時期や絶滅理由につながるとは思えない。
そして、その事から原人「ホモ・エレクトス」との関与を唱える説がある。
ご存知のように、「ホモ・エレクトス(ホモ・エルガステル)」は約110万年前(200万年前〜100万年前の諸説あり)にアフリカからユーラシアへと進出し、ジャワ原人(ホモ・エレクトス・エレクトス)や北京原人(ホモ・エレクトス・ペキネンシス)へ進化したと考えられているが、ホモ・エレクトス自身も竹を道具として利用したり、筍(タケノコ)を採食していたとされる。
つまり、ギガントピテクスにとってはジャイアントパンダとの生存競争という微妙なバランスの上で辛うじて生息していたところへ、ホモ・エレクトスという新たな難敵が出現した事によって絶滅を決定づけられたという説になる。
「ギガントピテクスとホモ・エレクトスは共存していたのか?」という疑問もあるが、一部地域に於いてはギガントピテクスとホモ・エレクトスの化石が同じ場所から出土しており、共存していた事実を示すものだと考えられている。
尚、下図の「ギガントピテクスの化石分布図」では、赤丸をギガントピテクスの化石のみ出土、青丸をギガントピテクスとホモ・エレクトスの両方の化石が出土という形で表しています。
獣人系UMAの代表格ともいえるイエティやビッグフットなどの正体を「ギガントピテクスの生き残り説」に求める事は少なくないが、下図のようにギガントピテクスの化石はアジアの一部地域(中国、ベトナム)でしか発見されていない。
アジアのヒマラヤ山脈に生息するとされるイエティについては「ギガントピテクスの分布域の範囲」と解釈すればいいが、北米のロッキー山脈に生息するとされるビッグフットについては、さすがにこの解釈も適応できない。
では、ビッグフットの正体をギガントピテクスの生き残りとする根拠はどこにあるのだろうか?
ギガントピテクスの化石分布図
赤丸:ギガントピテクスの化石のみ出土
青丸:ギガントピテクスとホモ・エレクトスの両方の化石が出土
元地図: 「白地図、世界地図、日本地図が無料」様
作成:イーコラム |
海外のビッグフット研究家達によると、「ギガントピテクスは上図の矢印のように極東アジアへ北上後、ヴュルム氷期(約7万年前〜1万年前)の一時期には陸地となったベーリンジア(現在のベーリング海峡)を渡って北米へ移動した」と主張している。
| * 「ベーリンジア」については、当サイト「サンダーバード」で書いています。 |
当然ながら、「温暖で竹の生い茂る中国南部から、寒冷な極東アジアへ移動する必要があるのか?」という正論ともいえる反論は予想されるが、これについては「現代での視点では・・・」という前置きの上での話になるのかもしれない。
ギガントピテクスの生息年代(約630万年前〜10万年前)からみれば、第4氷河期(約200万年前〜1万年前)以外の温暖な気候の時代、あるいは第4氷河期の最中であっても間氷期(氷河期の中の暖かい時期)であれば、分布域拡大の為に北上したと考える事も可能だ。
また、間氷期について補足すれば、「第4氷河期はまだ終わっておらず、現代は間氷期の最中である」という解釈もある。
正直なところ、かなり強引な擁護論になってしまいましたが・・・
ギガントピテクスが極東アジアまで北上したと想定した場合には、米国のビッグフットやスカンクエイプ。あるいは日本のヒバゴンや、日本各地に伝承される巨人や巨猿などの正体にも適用できるという利便性をすてきれないというところでしょうか?
ただ、ギガントピテクスの化石がアジアの一部地域でしか発見されていない事が致命的とも思えますが、今後は北米などからも出土する事に望みをかけて次へ進みたいと思います。
デリーの北部(インド)でも化石が発見されているようだが、このページで紹介しているギガントピテクス・ブラッキ(Gigantopithecus blacki)ではなく、ギガントピテクス・ギガンテウス(Gigantopithecus
giganteus)となるようだ。
ギガントピテクス・ギガンテウスについての資料は非常に乏しいという事から、断片的で信頼性に疑問符を残す情報となるが、体長はギガントピテクス・ブラッキの半分ぐらいだったと考えられている。
また、学名(属名+種名)からも判断できるようにギガントピテクス属に分類されてはいるが、全くの別属とする分類学者の見解もあり、混沌としている事が実情となるようだが、通常はギガントピテクス・ブラッキ種のみを「ギガントピテクス」と称する事が多い。
| * 巨人メガントロプスについては、当サイト「メガントロプス」で書いています。 |
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